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VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

Will Eisner's New York (W.W.Norton & Company, 2000)

Others

 直木賞受賞作を読んだことはあっても、賞の名前の由来である直木三十五の作品を読んだことがないのは私だけではあるまい。同様にアメコミを読む者でもアイズナー賞受賞作(取り敢えずここでは作品賞としておこう)は読んだことがあっても、Will Eisnerの作品は読んだことがないという人も結構多いのではないだろうか。


旧版カバー(Amazon)(現在は絶版のため以下の新版合本をどうぞ): Will Eisner's New York: The Big City

 EisnerはJack KirbyやStan Leeなどと違い、DCやMarvelのスーパーヒーロー作品とは縁の薄いクリエイターだったことに加え、Frank Millerが監督を務めた彼の代表作の実写映画版『THE SPIRIT』(2008)も評価が芳しくなかった(個人的に本作の敗因は実写版として作り方こそ間違えていなかったものの、そもそもSpiritというコミックを実写映画という媒体へ移すことに無理があったことにあると考えている)こともあって、業界の外では先の2人に比べて若干知名度が劣る。
 だが、その一方で彼ほど後に続くクリエイター達へ影響を与えた人物はいない。Alan Mooreはインタビューなどで度々彼を賞賛しているし、Eisnerの著作である教習本『COMICS AND SEQUENTIAL ART』はScott McCloudの『UNDERSTANDING COMICS』などと並んで全てのアメコミ・クリエイター志望者の必読本と位置付けられている(Amazonでこの作品を検索するとレビューの欄で『TRANSMETROPOLITAN』や『THE BOYS』などで有名なアーティストDarick Robertsonによる推薦文を見ることができる)。何よりアメコミの別名である”グラフィック・ノベル”という名称を最初に使用したのは彼だ。

 私も狙っていた『THE SPIRIT』の合本版がほぼ絶版になっていたため長らく読む機会に恵まれなかったが、最近になってようやく別の作品を手に入れた。前置きが長くなってしまったが、その1つが今回語る『WILL EISNER'S NEW YORK: LIFE IN THE BIG CITY』だ。
 本作はEisnerによるいくつかの作品を合冊にしたもので、どれも名前の通り大都会での人間模様を描いたものとなっている。


 読み始めてすぐに「これは」と背筋がぞくぞくした。有名すぎる古典の名作を軽い気持ちで手に取って衝撃を受けるようなことがたまにあるが、丁度あんな具合だ。
 Eisnerはとにかく人間を描くのが上手い。人を描くという点において彼に優るクリエイターはいないだろう。丁寧な人間観察に基づいた絵柄と物語はコミカルながらどこか哀愁が漂う。常に人が物語の軸となっているドラマは時に理不尽、時に不条理で単純な悲劇喜劇として区分することができない。スポットライトを浴びている登場人物は勿論のこと、道の脇に立っているだけの者に至るまで非常に表情豊かで、まさに”人間模様”という言葉がぴったりだ。

 また、舞台である大都会の描写も匠の域に達している。人が通る場所に道が生まれるように、通りもまた人を何かへ駆り立てる。日々を営む人々の情動に合わせて街は明るくなったり汚くなったり物憂げになったりし、逆にそれがまたドラマを生み出す。Eisnerはそんな人と街との関係性を丹念に描いている。


 都会を批判し田舎を賛美することは簡単だ。しかし、コンクリート建てのビルだって大樹のように日々表情を変えるし、地下鉄のホームを吹き抜ける風だって衛生面を度外視すれば浜風と比べてそう捨てたものじゃない。良くも悪くも利便性にばかり焦点が当てられる都会だが、それだけでは語ることができない数多くの魅力を備えていると私は思う。
 本当に、どうしてこれまでWill Eisnerの作品を読んだことがなかったのだろうと首を傾げざるを得ないと共に、遅ればせながらも彼の作品に出会うことができたことが喜ばしい。
『THE SPIRIT』の合本も再刊してくれないかなあ。


原書合本版(Amazon): Will Eisner's New York: Life in the Big City (Will Eisner Library)