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VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

『SECRET WARS』(Marvel, 1984-85) &『CRISIS ON INFINITE EARTHS』(DC, 1985-86)

 前回に引き続き、今回もスーパーヒーロー物を扱おう。というか、今回はちょっと豪華にMarvelのオリジナル版『SECRET WARS(以下SW)』とDCの『CRISIS ON INFINITE EARTHS(以下CRISIS)』という、両社の初大型クロスオーバーイベントを同時に扱おうと思う。なお、両者とも引いている尾の長さが半端ないので2015年版の『SECRET WARS』(こっちはそもそも読んでない)やその後のCRISIS(こっちは後々語るつもり)に関してここでは極力言及を控える。


原書(Kindle版もあり): Marvel Super Heroes: Secret Wars 30th Anniversary Edition

 まずざっくりとしたあらすじから。
『SW』はBattleworldと呼ばれる惑星にやって来たSpider-manやFantastic Fourなどのヒーロー達が同じく連れて来られたDoctor Doomらと戦いながら徐々に謎の存在Beyonderへ迫ってくいくという話。
 対する『CRISIS』は全宇宙を支配するべく迫り来るAnti-Monitorの脅威に対し、並行世界を跨って集められたヒーロー達が結集して立ち向かう様を描いている。

 こうして比較してみるとあっさり仲間同士の対立を乗り越えて一丸となるDCと、仲間同士でも事ある毎にいがみ合って昼メロ化するMarvelと、現在にも通じる両社の態度というか傾向みたいのがはっきり見えてくる。

 読みやすさでいうならば断然『SW』だ。ネットで両合本の表紙を見比べてみてもわかる通り、まず登場するキャラクターの数が桁違いである。『SW』は地球から連れて来られた多くても40人いるかいないかなのに、『CRISIS』の方は当時DCユニバースに存在していたほぼ全てのキャラクターを引っ張り出してきたのだから出てる人数は100や200なんてもんじゃない(軽くググってみたら500人弱というデータを見つけた)。全員について知っている必要がないとしてもBat Lashなどが出てくる時点で一見さんお断りなハードルの高さが窺える。
 加えて『SW』の方は最初からざっくりヒーローとヴィランとに分かれてもいれば、各々の関係性も比較的分かりやすい。
 一方、『CRISIS』になると初っ端からUltraman(善悪が逆転した世界でSupermanに相当する人物。つまり超悪人)が英雄然とした玉砕を見せるし、その直後にMonitorの手で集められた者達もヒーローとヴィランがごちゃ混ぜだ。専門用語も多いし、完全に理解するためには並大抵でない予備知識が必要となっている。


原書版(Kindle版もあり): Crisis On Infinite Earths

 そもそも両作品は成り立ちの経緯が根本的に異なる。
『SW』の方は「新規のファンでも楽しめる派手な物語を作ろうぜ!」という新しい読者を意識した発想で生まれたのに対して、『CRISIS』の方はといえば「並行世界を作り過ぎて話が行き詰まるようになったから一度リセットしよう」と最初からリブートを念頭に置いていた。故に前者は見栄えも良ければ分かりやすい話の構造を取っているし、後者は消えていく存在へ敬意を払うためスケールも大きくしてあらゆる舞台を網羅する必要があったため話は自然と複雑になった。

 だが、それでも面白さで話をするならてらはきは『CRISIS』の方へ軍配を上げたい。個人的にはストーリーといい、アートといい、どっちを取っても『CRISIS』の方が上だ。
 お互いの戦闘シーン1つ取ってもそこははっきりしている。
『SW』の多分見せ場となっている#12の見開きページ(合本を持っている人は一緒に見てみよう!)だが。

 …何だこの間抜けな怪物どもは。
 百歩譲ってCaptain Americaが戦っている緑色の輩などはJack Kirby的と言えなくもない。だが、一番奥にいる魚だか鳥だか分からない三匹組は何だ。Captain Marvelが横切っているピンクのカバみたいなのは何なんだ。何だ、一番右にいるやつの額から生えている人間の下半身みたいのはツノのつもりか?
 その他の展開についても、例えばBeyonderの何でもありな力のせいで敵の中で一番脅威となりうるUltronやGalactusが最初にあっさりと無力化されたり、あるいは死んだヒーロー達があっさり生き返ったりするなど、ご都合主義的なところがまま見受けられる。

 一番最初の『AS Superman』の記事でも軽く述べたが、ヒーローの能力に下手な制限を加えるような展開は作品そのものの自由度を大きく削ぐことになるリスクを抱える。昔、ドラゴンボールの映画でフリーザからセルまで過去に倒した強敵が一斉に復活するという内容のものがあったが、期待に反して彼らがあっさりやられてしまいがっかりした記憶がある。無力感に苛まれるヒーローの精神を描きたいのならともかく、本作のようなアクション大作では「最強VS最恐」を見たい読者にしてみればひどい興ざめだ。

 対して『CRISIS』の方にはほぼ制限がない。戦いの中で負傷者は出るものの、それは大きな脅威に立ち向かった名誉の傷として描かれる。そもそもハンディキャップがある状態で太刀打ち可能な敵じゃない。
 戦闘描写に関しても、大きな見開きでヒーローとヴィランが大激突するような場面こそないものの、細かくコマを切り替えることで各々が各々の方法で活躍しているのがよくわかる。SupermanやShazamといった最強クラスのヒーロー達は勿論のこと、ストリート系ヴィジランテのCreeperや、普通のクロスオーバーだったら忘れられてしまうだろうAqualadのようなサイドキックにもしっかりと見せ場が与えられている。とにかく手が込んでおり、勢いが『SW』とはまるで違うのだ。

 最終的な結論を述べると、『SW』と『CRISIS』を比較した際における最大の違いは、前者はヒーロー達がデウス・エクス・マキナに度々助けて貰っていたのに対し、後者はヒーロー達がデウス・エクス・マキナに立ち向かったという点にあると思われる。


邦訳版: クライシス・オン・インフィニット・アース (DC COMICS)