VISUAL BULLETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

FELL (IMAGE, 2005-07)

 淀んだ空気の流れ込む街Snowtownにやってきた1人の刑事 — Richard Fell。誰もが1つや2つの”事情”を抱えているこの街で、Fellは日夜捜査に明け暮れる。だが、そんな彼もまた”事情”という闇を心に抱えている。だから、この街にいるのだ…。


Kindle版: Fell (Issues) (9 Book Series)

 Warren Ellisと言えば、サイバーパンクな世界観で社会を風刺した『TRANSMETROPOLITAN』や、それまで赤いスペースシャトルに身を包んだだけのB級ヒーローだったIronmanを一気にテクノロジーの権化へ押し上げた『IRONMAN: EXTREMIS』などのSF系作品で有名なライターだが、彼はSFの枠に収まらず、犯罪物や歴史物などでも数多くの傑作を世に送り出している。

 Imageで2005年から刊行している本作『FELL』は、そんな彼の非スーパーヒーロー系代表作の1つとして数えられている。
 一応シリーズは未だに続行しているという扱いで、てらはきの手元にある合本にも”Vol.1”と表記されているものの、最後に発売された#9が2008であるため、少なくとも当面は続きが出ないものと考えて良いだろう(但し、未刊の#10に関してスクリプト自体は完成している模様)。これは1つにEllisとアートを担当しているBen Templesmithの双方が各々他の仕事で忙しくなってしまったことや、Ellisのパソコントラブルによって続きのスクリプトがごっそり消えてしまったことなどが原因らしい。気長に待てば良いことがあるかも…しれ、ない。

 緩く繋がった一話完結の形式をとる本作はアーバン・ノワールとしての密度は勿論のこと、ダイアログの秀逸さや、3×3のコマ割りを的確に利用したテンポ作りの面から見ても作品としての完成度が高く、現代アメコミの教科書と称されることもある。

 Ellisお得意のダークでウィットに富んだコメディセンスも健在で、夫がプードルと浮気しているのではと疑っている秘書やネクロノミコンで街から犯罪を一掃しようとする所長など、キャラネタにもこと欠かない。Batmanを指して「彼が本当にGothamから犯罪をなくしたいのであればJokerの乳首をもぎり取れば取れば良い」と言ったそのセンスからブラックさは推して知るべし。

 ストリート・アートを思わせるTemplesmithの絵柄は、それに加えて淡いカラーを全体に靄の如く施すことでシュールレアリスム的な暗さを演出しており、実写で言うならDavid Lynch監督の作品群などを思い起こさせる。似たようなキャラクター造形をするアーティストにAshley Woodなんかが挙げられるかもしれないが、Templesmithのアートは良い意味で泥臭く、独自のスタイルとして完成している。いかにも化け物系ホラーを描かせたら上手そうだが(彼の『SQUIDDER』なんかもそのうち読んでみたい)、出そうで出ない本作みたいなのもかなり良い。

 本作に出てくる登場人物達は一見すると皆異常者のように見えるかもしれない。
 しかし、主人公Fellが必ずしもそうではないように、Snowtownで日々を営む住民達も決して狂っているわけではない。そう見えるのはひとえにEllisとTemplesmithがそう仕向けているからだ。二人は普通なら目を背けてしまう人々の暗部に敢えて焦点を定めることで非日常性を演出している。

 その暗部とは何か。

 人は誰もが周囲と異なるものを抱えている。ふとした瞬間に好きでもない異性とのセックスを想像したり。特定の指の爪だけ噛む癖があったり。それはある時に性的であり、ある時に暴力的。衝動的なこともあれば、継続的なこともある。思考であったり傷であったりと、形も様々。共通しているのは誰にも言えないこと。

 つまり、”恥”だ。 

 Ellisの作品は度々そういった”恥”の部分に対して様々なアプローチを試みてきた。本作もまたそんな彼の試みの1つだ。ここに出てくる犯罪者達は”恥”を他者に押し付けることに甘んじてしまった者達であり、そんな彼らを捕まえるFellにもまた同じような末路を辿る予感が見え隠れする。そしてFellの”恥”が垣間見える度に、読むこちらも自らの”恥”を思い起こされる。この作品に漂う閉塞感はそういったものだ。

 だが、だからこそ。Fellが彼女の”恥”を知りながらもバーテンダーのMaykoを受け入れ、笑顔で語らう時に感じる温かさが身に染みる。


原書: Fell 1: Feral City

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