VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

『FIGHT CLUB 2』(Dark Horse, 2015-16)

 続編を求められることは幸いでも、続編を作ることは呪いだ。
 第1のルールは”それ”について語らないこと。
 そう記せばすぐに”それ”が何を指しているのかピンとくる者も少なくないだろう。


Kindle版: Fight Club 2 #1

 今回の作品は『FIGHT CLUB 2』(Dark Horse, 2015-16)です。
 Chuck Palahniukの著作『FIGHT CLUB』と言えばDavid Fincher監督による実写映画も有名な作品(私は原作既読の映画は未視聴なんで。悪しからず)。後腐れなく(?)終わったこの作品に続きがあったとは誰が思ったろう。しかも、それをコミックの形でやるとは。 

 かつて解離性同一性障害によりTyler Durdenという別人格を有した過去を持つSebastian(前作のナレーター)は、人格同士によるせめぎ合いの果てに妄想が最高潮に達したすんでのところで治療を受け、今や妻と息子のいる1人のサラリーマンとなっていた。だが、平凡な夫に不満を募らせる妻Marlaが夫の薬をすり替えたことに端を発し、再び物語は動き出す。

 ライターは前作の小説と同じくPalahniuk。アーティストにはNew52終盤のDCで大好評を博した『BATGIRL』などでも知られるCameron Stewart。Grant Morrisonと色んな作品で組んでいるのでそっちで知っている人も多いかも。

 まず、続編を読む前に原点の小説を一通り読み直して展開や人間関係などをざっくりで良いから頭の中に入れておくべきだったな、と軽く反省。本作だけを読んでも分からないこともないけれど、先にそうしていたらもう少し堪能できたのかなと思う場面が(特に1に出てきた人物が再登場する辺りで)ちらほらと散見された。

 また、リーフ(”#1”とかの形で出る通常の薄い本のこと。今更ながら念のため)で間隔を空けて読むよりは一気読みする類の作品であったかとも。小説におけるPalahniukのノリの良さはコミックにもしっかり移植されているので、良くも悪くも全体的な話が頭の中に入ってなくとも台詞を読むだけで十分楽しい反面、後で振り返った時に何が起こっていたのか全く思い出せないということが起こる。

 それとてらはき的には上手いなと感心したけれど、色んな形でメタな展開が挿入される(登場人物と作者とのかけ合いとか、ページが燃やされてたり台詞の上に花弁が乗っているなど物理的に読めなくなっているような表現とか)ので、そういうのが苦手な人はある程度身構えて読むべきかもしれない。

 読者というのは身勝手なもので、人気作品の続編というのは総じて熱望される割に実際発表するとこき下ろされるようなことがままある。特に原典と続編との間に空いた期間が長ければ長いほど、著者と読者との間で作品に対するイメージが乖離するのでその傾向は強くなる。映画化なんてされていれば尚更だ。その辺は本作も同じで、Amazonのレビューなんかをぱっと覗いてみてもそのことははっきり見て取れる。

 本作の面白いところは作者がそうなるであろうことは百も承知であるどころか、それを話の中に組み込んでしまっているところだ。

 作品というのは発表した時点で創作者の手を離れる。どんなに情報量を緻密にしようが、受け手の主観を排除することは不可能だ。逆を返せばそれを登場人物に対する共感を呼び、更には作品に対する愛を生ずる。
 故に続編を作る際には大きな反発を覚悟で自らのイメージを突き通すか、さもなくば他者のイメージに同調するかのどちらかしかないのだ。
 悲しいことに。


原書合本版: Fight Club 2 (Graphic Novel)