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VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

『RUINS』(Marvel, 1995)

 コピ・ルアクという種類のコーヒーを見聞きしたことはないだろうか?
 コピ・ルアクとはそのジャコウネコの腸内細菌を利用した発酵法がよく知られており、まあ言ってしまえばネコの糞から取れるコーヒー豆である。
 こういったキワモノというかゲテモノ系食品に限って高級嗜好品として重宝されるというのはよくあることで、コピ・ルアクもその例に漏れず最高級のコーヒー豆として高値で取引されている。汚物として扱われる筈だったものから、奇跡的に生まれた高級品。 
 事故や事件といった悲劇でその能力を得たスーパーヒーローという存在は、コピ・アルクと案外似ているのかもしれない。
 今回取り扱う作品は、コピ・アルクになれなかった彼らの姿を描いた『RUINS』だ。


本作を含む原書合本版: Marvels Companion

 合言葉は「放射能は良いことしない」。

 報道カメラマンのPhil Sheldon は執筆中の本の取材のため、全米各地を訪ね回っていた。『MARVELS』と題されたその本で描かれるのは、色とりどりの衣装を身につけ、不思議な力で世界を救う者達 — そんな、あり得たかもしれない世界。
 我々の世界はどこで方向を間違えたのだろう?

 下手に手を出すと痛い目を見る。Marvelにしても本作にはあまり触れられたくないのか、オリジナルである#1と#2のリーフ2冊が発表されたのは1994年、ようやく合本などの形で再刊したのが14年後の2009年である。なお、ぱっと探してみたもののデジタル化された痕跡はない。

 お気付きの通り、本作は前回語った『MARVELS』のスピンオフと言うか、あちらのファンタスティックな世界とは正反対の可能性を描いた『IF』ストーリー。初っ端からAvengersの乗るジェット機がミサイルで撃ち落とされるところから本作のひねくれ具合がわかるだろう。
 勿論、ライターは”BatmanはさっさとJokerの乳首をむしり取れば良かったんだ”のミドルネームを持つWarren Ellis。

 Captain Marvel含むKreeの人々は核実験場の跡地に建てられた収容所で癌を患っており、Silver Surferは宇宙の藻屑、ガンマ線爆弾で被爆したBrue Bannerは死ぬことさえできない腫瘍の塊となっており、ミュータントも劣悪な環境の牢獄に幽閉されている(ちなみに教授は米国大統領)。

 油絵のようなタッチで描かれたCliff NielsenとTerese Nielsenのアートがこの酷い世界の閉塞感を高めている。絵の中にはどぎつい物も少なからずあり、ある程度覚悟して読み進める必要がある(HulkとMystiqueの描写がとくにきつい。グロさは映画でいうDavid Cronenbergとかその辺かと)。

 最初にも述べたが本作では放射能を浴びた蜘蛛に噛まれたり、宇宙の放射能帯を通過したりして力を手に入れることはない。代わりに与えられるのは腫瘍と奇形だ。発明は失敗し、夢は妄想と嘲られ、勇気ある行動は反社会的行為として罰せられる。
 ディストピアディストピア、下手にゾンビやらウイルスで荒廃した世界などよりよっぽど悲惨だ。

 本作を読んだライターのGrant Morrisonはその余りのひどさに激怒、本作のライターとしばらく絶縁状態になりかけたという。また、とあるファンは本作を一度ゴミ箱に捨てたものの、それでも辛抱堪らずゴミ箱から回収するとコミック屋へ持って帰ったとか。ネットでの評価もこき下ろすところは徹底的にこき下ろしている。クリエイター陣は呪われろと言わんばかりだ。

 ただ一方で、何気に鋭いところを突いている。
 以前も述べたことがあるけれど、Warren Ellisというライターは暗い”恥”に様々な形でアプローチするのを得意としていて、『RUINS』は言ってみれば彼がMarvelユニバースの”恥”に斬り込んでいる作品といえる。

 Marvelユニバースでは少なくない数のヒーローが「怪物」あるいは「化け物」と呼ばれ社会から疎外ており、読者はそんな彼らを見て「可哀想だな」とか「リアルだな」とかと思ったりする。
 でも、そのヒーロー達が本作で描かれるような有様だったらどうだろう?我々はあのグロテスクな者達を見て、本来のヒーロー達にするのと同じように接することができるだろうか?

 スーパーヒーローというジャンルを見る上で忘れてはならないのは、パネルの中の彼らがヒーローとして描かれているということだ。そこに登場する者は全員キャラクターとして飾られており、そこで起こる全てはドラマチックに演出されている。もっと言ってしまえば、我々読者はそんな歪んだレンズでこの世界を覗き込む変態に過ぎないのである。
 そして、そういった小細工の一切を取り払ったのが『RUINS』だ。

 本作を読んだ後、再びレンズの歪んだ眼鏡をかけるのは構わない。ページから目を上げて、現実を見るレンズも曇っているのではと疑ってみるのも良いだろう。
 どちらにしろ、一度本作を読めば二度と元の状態には戻れない筈だ。