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『TOKYOPOP PRESENTS: KING CITY』(Image, 2012)

  他のスーパーヒーローが堅実に現実路線で邁進する一方で、そういった制限とは無縁にやり放題なDeadpoolやHarley Quinnなどのキャラクターが最近人気を博している。コミックの自由度が広がるのは読む方としても嬉しい限りだ。本日はそういった自由自在な表現で頭一つ抜きん出ているコミックの1つ、『KING CITY』について語ろう。


原書合本版: King City

 恋人との破局が原因で街を離れていたJoeが猫のEarthlingと共に帰ってきた。修行によって猫使い”Cat Master”の称号を得たJoeは、空も飛べればルービックキューブを一瞬で解くことまでできてしまう万能猫Earthlingや友人のPeteらと共に街、ひいては世界を巡る事件に立ち向かう。

 この猫はすごい。
 とにかく見ていて飽きない。口を開ければ懐中電灯の代わりを務め、鍵を飲み込めばそのコピーと一緒に吐き出す(つまり”Copy Cat”)。暇な時は高度な数学の問題を解き、戦闘時には毒ガスの屁をこいて敵を死に至らしめる。終いには仲間のスナイパーライフル象だとか北斗神拳ばりのツボ押しテクを備える宇宙猫などまでが登場して、何でもありとはこれのこと、四次元ポケットと同化したドラえもんばりの活躍を見せる彼らは、スイスアーミーナイフならぬスイスアーミーキャットだ。

 勿論、遊びに満ちているのはEarthling達だけではない。ウィットに富んだ人間同士のかけ合いから、ダジャレのようにアイデアがかけ算されている家具まで、あちこちに趣向が凝らされており、いつまでもページを眺めていられると同時に、著者であるBrandon Grahamの引き出しの多さに驚かされる。

 Grahamはグラフィティアート界出身で、ポルノコミックの制作を経てからメジャーシーンにデビューしたというちょっと珍しいバックグラウンドの持ち主(そのうちそっち方面の作品も入手したい)。成程、確かに全体としてはすっきりとした丸みのあるカートゥーン調ながら時折緻密に拘った描写を行う彼の絵柄はどこかグラフィティを思わせる。服の上からでも色気の漂う女性の造形などもそちらの方面に関わっていたのだと知れば納得。

 エロ出身のクリエイターが一般に転向した際、絵は良くても中身が大したことなかったり、性描写がないだけでやってることは変わらないため拍子抜けな展開になるというのはままあることだが、本作に関してはそういった落胆はなかった。
 内容に関しては上に述べたような遊び心は勿論のこと、大筋も楽しい冒険に満ちており、またキャラクターの心理描写もしっとりと描かれている。女性の描写もいたずらに性的になり過ぎることなく、男どもと同じくクールでファニーだ。

 本作は街へ帰ってきて元恋人のAnnaと再会したJoeが、心の整理をつけて前へ進む物語でもある。自分とAnnaの関係が既に過去のものであると受け入れた彼は、世界を左右するやも知れぬ戦争にさえ背を向けて、友人達と共にいることを選択する。

 それは弱さじゃない。強さだ。

 目の前の大きな物語から目を背けないことも時には重要だろう。しかし、何のため誰のために戦うのかを見失ってしまっては元も子もない。世界を守る理由は自分の大切な人を守りたいから — そのことを忘れてお互いに争うどこかのヴィジランテ達よりも、大切な人に寄り添うことを選んだJoeの方が紛れもなくヒーローだと言えよう。