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VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

『SEX CRIMINALS, VOL.1: ONE WEIRD TRICK』 (Image, 2013-14)

 自分の性癖が変わっていると思う人、挙手。 
 手を挙げている人は多分大丈夫。そう思うのが普通だ。
 むしろ自分の性癖が”普通”だと思う人こそ、一度疑ってみるべきかと。
 性に関する悩みはいくら考えても尽きることはない。
 ならいっそのこと、悩みごと性を遊び倒してしまえ。


原書合本版(楽天): Sex Criminals Volume 1: One Weird Trick [ Matt Fraction ]



原書合本版(Amazon): Sex Criminals 1: One Weird Trick

 図書館で働くSuzieには秘密があった。彼女はオーガズムを迎えると周囲の時間を止めることが出来るのだ。銀行で秘書を務めるJonには問題があった。彼は賢者タイムに突入すると周囲の時間が止まってしまうのだ。チャリティパーティで出逢った2人は瞬く間に意気投合し、そのままベッドを共にする。そして事を終えて時間を止められるのが自分だけでないことを知ると、やがて彼らはこの力で銀行強盗を働くことを思い付く。

 読む前と読んだ後とでこんなに印象が変わるコミックもそうそうないだろう。”SEX”&”CRIMINALS”の2語からなるタイトルに騙されてはいけない。本作は人の性行為に土足で上がり込んでただの娯楽として扱うそこらのエロ漫画とは全く異なる。むしろ性とそれにまつわる諸々の文化に大して最大限の敬意を払った上で遊び倒している作品と言えよう。

 ライターはMarvelで『HAWKEYE』などを手掛けたことでも知られるMatt Fraction、アーティストはカナダ出身で本作をきっかけにスターダムの階段を駆け上がったChip Zdarsky。Zdarskyもそうだけれど、Jeff LemireにBryan Lee O’Malley、最近だとMariko Tamakiなど、近年カナダからの傑出した才能が目立つ。1980年にイギリスからAlan MooreやPeter Milliganなどがアメコミ界に進出してきた時期は現在「ブリティッシュ・インベージョン」と呼ばれているが、2000〜10年代はもしかすると「カナディアン・インベージョン」と呼ばれるようになるかもしれない。


分冊Kindle版: Sex Criminals #5

 性をメインディッシュにしたエンターテイメントと言えば、大半は1)自らの性に戸惑う男女の姿を描いた繊細(でクソ真面目)な人間ドラマか、2)馬鹿の一つ覚えみたいに下劣な単語を連発するだけのコメディのどちらかに分類される。
 本作はそのどちらの要素も含みながら、だがどちらの枠にも収まらない。ここでは卑猥なジョークの数々を通して、2人の若者が自らの性に折り合いを付けると共に相手の性を理解していく様が丁寧に描かれている。その面白いこと面白いこと。保健の授業の教材にでも推したくなるほどだ。
 性ほど扱いに困る話題はないだろう。
 あらゆる性の平等が謳われる昨今では、自分が常識だと思っていたことが実は誰かを傷つけていたなんてことはよくある。テレビで芸能人が軽々しく口にした発言が、性差別だなんだとネットで揚げ足を取られることも珍しくない。会ったばかりの相手には自分の性癖など明かせないだろうし、喩え血の繋がった親兄弟であってもカミングアウトには相当の勇気が要求される。
 性的な話題に触れることは、そのまま自分と相手との距離を測ることと同義だ。
 本作は難しいテーマへ真摯に愉快に取り組むことで読者のハートをがっちり掴んで離さない作品となった。
 
 現在実写ドラマ化が推し進められている本作だが、Jonの光るペニスは是非とも無修正でお願いします。


分冊Kindle版: Sex Criminals #2