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VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

『WYTCHES VOL.1』 (Image, 2014-15)

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 口にすれば発音は同じだが「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」とは真逆のベクトル。本作にケモミミ少女や空飛ぶホウキなんてのは一切出てきません。徹頭徹尾のアメリカン・ホラーでござい。


原書合本版(Amazon): Wytches Vol. 1

 とある事情により田舎に移り住んだRooks家。絵本作家であるCharlieはパニック障害を持つ娘のSailや半身不随の妻Lucyと共に、少しずつだが確実に家族として立ち直りかけているように見えた。しかし、かつて同級生が異形の存在に殺害されるのを目撃したSailの背後に不審な影が忍び寄る…。
 
 ライターのScott Snyderと言えば『BATMAN』誌のライターとしてNew52時代の新たなBatman像を作り上げた人物として現代のアメコミ界を牽引するクリエイターの1人。本作はその中の『DEATH OF THE FAMILY』編といったホラー色濃厚な話をさらに暗く禍々しくした作品とでも言えばイメージしやすいだろうか。Snyderのホラー物と言えばおそらく最も有名なのはVertigoから刊行されている『AMERICAN VAMPIRE』だろうが、比較的アクション色の強い『AV』と違ってこっちは100%のホラーだ。

 アーティストのJockはNew52直前の『DETECTIVE COMICS』でSnyderが組んだこともある描き手。登場人物の神経質な心中を示すかのようも細い線と、ノワール感を醸し出す真っ黒な陰影 — 彼の作画によってただでさえ不穏な雰囲気の漂う本作へ更にガラスの上を裸足で歩くような緊張感が冴え渡っている。
 アートの工夫に関して是非とももう1つ言及しておかなければならないのは、全てのページに施されている何かの液体が飛び散ったような表現だ。飛沫は物語開始時点では辺りが暗いシーンでそこそこ見て取れる程度だが、話が進むに連れてその混沌を反映するかのようにどんどんその色が派手に濃厚になっていき、やがて灯りの点いた室内でもはっきり見て取れるようになる。映像や文章では表現できないコミックならではの妙技と言えよう。


分冊Kindle版: Wytches #2

 前回の記事でフィクションは何らかの事実を引き出すためのツールであるべきだという話をしたが、本作でもRooks家を襲う奇怪な現象の数々は、結局のところ彼ら家族が互いに向ける愛情やその裏返しである恐怖など、当たり前の感情を際立たせるための方便でしかない(最高に凶悪で恐ろしい方便だけれど)。

visualbullets.hatenablog.jp

 人は他者と関わる限り何も抱え込まずに生きることは出来ない。しかし、1人の人間が抱えられる量には限界がある。その取捨選択をする中で取りこぼした後悔や哀しみといった感情の塵がやがて寄せ集まったものが”呪い”だ。
 本作に登場する異形もまたそんな”呪い”の1つと言えよう。それは知らないうちに堆積していた罪の意識とも言い換えることもできる。別に特別なものじゃない。ページの外の私達もいつかどこかで味わったことのある苦味だ。
 だからだろう。本作の終盤、3人の家族は理不尽な”呪い”を前にして別々の方法で抗おうとするが、そのどれにも諦めが垣間見える。
 
 本作はモダン・ホラーの魅力を凝縮した作品であると同時に、どうしようもない状況に晒された1つの家族が愛情のボタンをかけ違えてしまったことによる悲劇、或いはいつ誰の身に降り掛かってもおかしくない不幸の寓話と言える。


分冊Kindle版: Wytches #5