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VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

『ENIGMA』 (DC/Vertigo, 1993)

 実験してみよう。
 頭の中で道端に落ちている硬貨を思い浮かべて欲しい。その形、手触り、それを見た時の気持ち — そういったものをなるべく具体的に。それらをなるべく意識しながら外を歩いてみて。
 どれくらい短い時間で現実に硬貨を見つけられるか、確かめてほしい。
 その後、再びこの記事を読んで欲しい。
 あるいは『ENIGMA』を読んでからでも構わない。


原書合本版(Amazon): Enigma (New Edition)

 枠にはまったような毎日を送る青年、Michael Smith はある日、幼少時代に読んでいたコミック ”THE ENIGMA” の主人公や悪役達が現実世界で奇怪な事件を起こしていると知り、何故か胸騒ぎを覚える。「自分が事件の渦中にいるような気がしてならない」 — 後日、そんな気持ちにいても立ってもいられなくなった Michael は真実を突き止めるべく事件を追い始めるが……。

 難しい作品だった、と言うべきか。
 否、別にストーリーが難解だったというわけではなく。まして面白みに欠けていたわけでも。小難しい印象は受けないし、読後感も非常に満足のいくものだった。
 一方で本質が非常に見え難い。読み込み切れないと言うか。
 Enigma の正体、Michael との関係、語り部の素性等々、物語上の明確な謎というのは存在する。そして、そういった疑問の大半については話の中ですっきりとした回答が与えられる。

 でも、もどかしさが残る。
 ライターの Peter Milligan は現在活躍中のライターとしては五本の指に含まれるほどのライターである。以前読んだ『2000A.D.』の短編集で1つも外れがない書き手は彼と Alan Moore くらいのものだった。業界内の重鎮として一目置かれてこそいるものの、私に言わせて貰えば過小評価されていると言わざるを得ない。

 Milliganの紡ぎ出す物語にはいつも奇妙な雰囲気が漂う。
 しかし、それは一般に”奇怪”だとか”奇妙”と称されるものとは少々趣を異にする。通常、こういったものの多くには例えば神話であったり感情であったりといった、根っことなるモチーフがある。多くの場合で記号化されているこのモチーフを主観の度が強いレンズで捉え直すことでクリエイターはこれを奇形化(デフォルメ化)し、それが不思議さを演出する。受け手にしてみれば知っているモチーフと知らない共感とのミックスが困惑を呼び、これが時に作品の深みとなり、時に作品の魅力となる。

 他方、本作の奇妙さにモチーフの存在は希薄だ。Duncan Fegredo や Sherilyn Van Valkenburgh のアートに依るところも大きいのだろう。本作に登場する Envelope Girl や Interior League といったキャラクター達は一見すると手紙や家具をモチーフにしているようで、だが本質は全く違う場所から来ているように思えてならない。別にモチーフなど何でも良かったと言わんばかりだ。

 ここには深みと異なる軸がある。
 そして、その軸こそが本作独特の得体の知れなさを強めている。

 と、ここまで記しておいて自分で言うのも何だけれど、上で述べたことは全て的外れだ。Grant Morrison は合本のまえがきで本作が『真実』=『TRUTH』についての物語だと述べていたが、ここで私が記した『ENIGMA』=『謎』に対する『真実』はいささかも本作の核を捉えているようには思えない。ここに記した回答はあくまで私だけの『真実』であり、本作を読んだことのない他者にしてみればズタ袋に詰め込んだガラクタも同じだ。

 最初に行った硬貨の実験に戻ろう。
 実際に試したら道端に落ちている硬貨が驚くほど早々に見つかって驚かなかっただろうか。
 でも、その驚きを試したことのない他者に伝えることは可能か?
 それもまた驚くほど難しい。というか、不可能に近い。
 何故か。
 自身と相手との意識の広がりに大きな差があるためだ。実験を試した者は実験を試した分だけ意識が広がっており、その広がりは試したことのない者にはそもそも認識することが不可能だからだ。
 このもどかしさは、本作における語り手の葛藤と似ている。
 だから、この物語は読んだ者にしか分からないのだ。