VISUAL BULLETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

『TRANSMETROPOLITAN VOL.1: BACK ON THE STREET』 (DC/Vertigo, 1997-98)

 ナチスをぶん殴ることは正しいか — 2017年1月、米国で新しい大統領が誕生したのと呼応して、アメコミ関係者達のSNS上でこんな議論が話題になった。
 欧米のエンターテイメントはこれまでも事あるごとにナチスを攻撃対象としてきており、現在もナチス、ひいてはアドルフ・ヒトラーに対してならばどんな行為の描写をしても許されるといった風潮がある。アメコミにしてもその例外では決してなく、古くは Captain America #1 の表紙から幾度となくナチスをぶん殴る様が描かれてきた。
 日本でいうところの「ヘイト・スピーチは表現の自由で保護されるべきか」などといった問題と根を共にしている。
 この問題について私も思うところがないでもないが、ここで政治について語るつもりはない。
 代わりに『TRANSMETROPOLITAN』の話をしよう。


原書合本版(Amazon)(ただしこのカバー絵は Geoff Darrow によるもの)Transmetropolitan, Vol 1: Back on the Street

 いつか定かでない未来。かつてその苛烈なコメントと鋭い記事で一世を風靡したジャーナリスト Spider Jerusalem はしかし、あることをきっかけに山中へ引きこもり薬漬け酒浸りの隠遁生活を送るようになっていた。そんな彼のもとへ届いたのは出版社からの契約履行勧告。期限内に本を執筆しなければならなくなった Spider は渋々山を下りるが、折しも都会では新たな大統領を決める選挙戦が苛烈の一途を辿っていた……。

 サイバーパンクな世界観で大統領選挙や米国政治、それを取り巻く社会状況などを描いた本シリーズは実際の米国情勢と通じるものがあるとして一昨年の暮れ辺りから俄にリバイバル・ブームが起きている。ただ、本格的に大統領選が扱われるのはVol.2以降なのでここではあまり触れないこととする。
 今巻は前半に容姿による差別を受けてきた “Transients” と呼ばれる若者達の暴動を連作形式で、後半に街のテレビ広告業界や宗教などを一話完結形式で扱う(大統領選もここでちょろっと)。

 本作は風刺としてのSFだ。
 ライターのWarren Ellisとアーティストの Darick Robertson が本作で取り上げる話題の大半は現実に起こっている社会問題と通じている。
 例えば、前半で暴動を起こす Transients の若者達はコスメ感覚で宇宙人の遺伝子を自らの肉体に注入してしまった者達だ。彼らは差別に対する福祉を国や自治体に要求するものの、自己責任論を盾に突っぱねられ、それを理由に暴動を起こす。けれど実のところ、彼らのこうした動きの裏では政治的金銭的駆け引きが行われており、若者達は結局その駒でしかなかったことが明らかとなる。事実を知った Spider はコラムでそのことを暴露すると共に、こういったことの全てがそもそもは大衆の無関心が引き起こしたのだと読者全員を痛烈に批判する。

 彼がここで使う言葉はそのままページの外で起こっている暴動や大衆運動などの動きにも向けることができる。 Ellis にとって SF とは Social Fiction だ。サイバーパンクな要素はコミックという媒体で論を展開するためのカモフラージュでしかない。 Spider を通して述べられる意見は物言いこそ痛烈であるものの真実を的確に貫いており、読む者は度々はっとさせられる。

 現在、我々の住む社会は技術的にも政治的にもすさまじい勢いで変わりつつある。
 そんな中、本作は何度読んでも楽しむことができる作品であることは勿論、だがそれと同時に今だからこそ読まなければならない作品といえよう。


本巻含むシリーズ前半を収録した原書鈍器版(こっちは Darick Robertson の絵): Absolute Transmetropolitan Vol. 1