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MARVEL KNIGHTS SPIDER-MAN: 99 PROBLEMS…(Marvel, 2013-14)

 中世の誉れ高き騎士たちは、近代の兵となることができなかった。
 誓いを立てた王が変わり、守るべき民が変わり、母なる故郷が変わったのに。
 彼らだけは変われなかったから。


原書合本版(Amazon): Marvel Knights: Spider-Man: 99 Problems... (Marvel Knights Spierman)

 1990年代から2000年代前半にかけて大きく勃興した”MARVEL KNIGHTS” — 一時は”ULTIMATE”レーベルと共にMarvelをどん底から牽引してきた本レーベルはだが、2000年代も後半になるとゆっくりと表舞台から姿を消していった。
 その後、2013年から14年にかけて一時的に息を吹き返した”MARVEL KNIGHTS”だったが、たった3作品のミニシリーズ、リーフに換算して僅か14冊でその短い再来を終えた。その3作品とは『MARVEL KNIGHTS X-MEN』、『MARVEL KNIGHTS HULK』、そして今回取り上げる『MARVEL KNIGHTS SPIDER-MAN』だ。

 MJをデートに誘うための軍資金を得るため、写真撮影の仕事を請け負ったPeter Parker a.k.a Spider-man。しかし、現場へ到着するとそこに待ち構えていたのは超能力予言者Madame Webだった。意味深な彼女の言葉を呑み込む暇もなく謎の襲撃を受け始めた彼は、99人のスーパーヴィランと闘う羽目に陥る……。

 灯台下暗しとはこのこと。初めて掲載誌を買ってから15年以上、カートゥーンを含めれば20年以上の最も付き合いが古いヒーローであるにも関わらず、本連載でこれまで一度も取り上げていなかったSpider-man作品です。『BRAND NEW DAY』編前後からは『AMAZING(以降ASMとしますね)』誌なんかもかなり邦訳されているみたい(あっちはカバーしなきゃならない範囲が広かったり何だったりでどう取り上げていこうかまだ迷ってる段階)だけれど、こういうメジャーなヒーローでよくあるのが中心である『ASM』の動向ばかりが注目されてぽろっと出てきたミニシリーズが見逃されてしまうケース。
 本作もそんな作品の1つで、刊行時こそ大した注目を浴びなかったものの読み応えはかなりある。

 Matt Kindt(私は本作で彼の大ファンになった)のストーリーはシンプルながら要所要所をしっかりと抑えており、ジェットコースターのようにアクションが続く中でもSpider-manの内面が伝わってくる。終盤の黒幕やその動機もこれまで見たことのないものだったがただのメガロマニアックヴィランよりも余程説得力があった。

 ストーリーが引き絞った部分へ逆にこれでもかと詰め込んでくるのがMarco RudyとVal Stablesのアートだ。次から次へと襲い掛かってくるSpider-manの困惑とアドレナリンの奔流がページいっぱいに溢れ出している。終盤の#5ではとりわけクリムトをモチーフとした絵が展開されたのにも興味を唆られたが、それに加えてシリーズ全体としてSpider-manを生み出したSteve Ditkoらしいサイケデリックな描写が多々見受けられたことが嬉しかった。

 残念ながら2013年の”MARVEL KNIGHTS”達は、かつての栄光を取り戻すことが適わなかった。世界は前線の遥か後ろで勇ましく剣を振るう彼らよりも、表舞台で地団駄を踏んでいる者達の一挙一投足を観察することを選んだ。
 しかし、騎士の真価を決めるのはその名誉ではない。栄光とは時として民衆の歓声から離れた場所に差すものだ。
 時代が移り、歴史の中でその役目を終えた騎士は淘汰されたわけではない。
 ただ、誉れ高き老兵が如く静かに身を引いたのだ。
 いつかまた、Marvelが苦難に陥った時に彼らは名を変え、姿を変えて帰ってくるだろう。


原書キンドル版(Amazon): Marvel Knights: Spider-Man (2013-2014) #2 (of 5)