VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

『TRANSMETROPOLITAN VOL.5: LONELY CITY』(DC/VERTIGO, 1999-2000)

 前の政権のトップが誰だったか、覚えている者はどれだけいるだろう。
 その前は。その更に前は?
 どうでもいいのかもしれない。
 どうせ誰も覚えてないのなら、これからも思い出すことはないだろう。
 政治家なんてアイドルみたいなものだ。


原書合本版(Amazon): Transmetropolitan Vol. 5: Lonely City (New Edition)

 遂にGary ‘The Smiler’ Callahanが米国大統領に就任した。自身のコラムで再三に渡って彼の欺瞞を暴露したにも関わらず”正しい選択”が出来なかった大衆に対し、反骨のジャーナリストSpider Jerusalemは怒りをくすぶらせる。そんな中、スキャンした相手の遺伝情報を表示する’G-Reader’という新製品に端を発したヘイトクライムが発生、Spiderは2人のアシスタントと共に調査へ乗り出すが…。

 前巻で大統領選が終結し、”一敗地に塗れた”とでもいったところから始まる本巻。合本はしばしSmilerから矛先を変えて市井を見つめ直す前半部分と、ヘイトクライムとそこへ張り巡らされた陰謀を巡る後半部分とに大きく分かれる。
 前半は前半でアーティストDarick Robertsonによる遊びに満ちたサイバーパンクな絵を数多く堪能することが出来、しばしシリアスな展開が続いた後の良い箸休めとなっている(Robertsonみたいに「笑えるカッコ良さ」を描くことのできる描き手はそうそう見当たらない)一方、とりわけ「公VS.報道」第2ラウンドの火蓋が切って落とされる後半部分では、物語の深刻さ、それに危険度が一段持ち上がると同時に、本シリーズの醍醐味である政治的攻防がいよいよ本格化し始める。
 
 本巻はSpider、ひいてはWarren EllisとDarick Robertsonからの1つの皮肉として受け止めることができる。
 上でも述べた通り、前巻まであれだけ大きな盛り上がりを見せた大統領選にも関わらず、今巻ではほとんどそれに対する言及はない。Smilerがパネルの中に姿を見せることはほぼなく、本人としては一切登場しない。大統領就任式にしても中継映像などが描かれることはなく、Spiderが自身を取材しに来たレポーターに対し選挙関連の発言をした時でさえ、相手はそれをあっさり受け流してしまう。
 少し前までの熱狂ぶりが嘘のようにひたすら希薄だ。

 それは私達読者のいる現実とよく似ている。
 選挙やスキャンダルでSNSにトレンド入りしている時だけ都知事を応援し、汚職議員を非難する。ワイドショーや週刊誌に砲撃された箇所にばかり集い、報道の波が引くと瞬く間にそれらの存在さえ忘れる。
 使っているデバイスや身に着けているファッションが多少異なるだけで、現実の我々はページの中の無関心な大衆と態度的にはそっくりだ。選択肢を与えられるまで考えず、マイクが向けられるまで口を閉じ、劇場で上映されている内容しか見ない。

 本巻はそんな現実世界のカリカチュアだ。
 自分さえ良ければ万事オッケー、皆に合わせていれば何も問題はない。
 猛り狂うSpiderの矛先は他でもない、そんなページの外にいる私達自身である。

 何も考えずSpiderに煽動されてしまった者達は最後に大きなしっぺ返しを食らうこととなる。
 そして、事件の裏で暗躍していた名前がSpiderの口から発せられた時、我々は何も終わってなどいなかったことを思い知らされる。

 どうせ誰も覚えてないのなら、これからも思い出すことはない。
 そんな風に考えてはそれこそ’アイドル’達の思うつぼだ。