VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

TRANSMETROPOLITAN VOL.9 : DIRGE (DC/Vertigo, 2001)

“Blue Flu” — 警察官などがストライキあるいは何らかの意思表示のため”風邪”と称して一斉に欠勤すること。


原書合本版(Amazon): Transmetropolitan Vol. 8: Dirge (New Edition)

 出版や新聞関連の各社が密集する区画で何者かによる無差別狙撃事件が発生する。対応に追われる警察がしかし、インフルエンザの流行により欠勤しており人手不足だという情報に不審感を抱いたSpider JerusalemはこれをBlue Fluであると見抜く。街が一切の報道能力を失う中、唯一アンダーグラウンド報道サイトTHE HOLEに身を置くSpiderはスクープに奔走するが、そんな彼を嘲笑うかのような大量の雨粒が頭上から降り注ぐ……。

 前巻で十分に遊び尽くし、いよいよクライマックスに向けて一直線に走り出した本巻。Spiderの体の不調も明らかとなり、話の緊迫度がはね上がる。

 相変わらずライターWarren Ellisのストーリーは秀逸だが、この機会を逃すとしっかり語る機会を逃してしまいそうなのでここで一度Darick Robertsonらアーティスト陣についてしっかり触れておきたいと思う。
 以前から何度も述べている通り、Robertsonの最大の魅力はキャラクターの表情の豊かさだ。
 とりわけ前者について言えば、見栄えが良く誰もがぱっと見てその良し悪しを判断できるアクションシーンと違い、何気ない会話シーンというのはほとんど動きがない。絵だけを見てもストーリーに抑揚が生まれるよう、表情や行動に機微の変化をつけるのにはそれなりの技量と経験が要求される。スーパーヒーロー物で大活躍しているようなアーティストがしばしばオリジナル物で鳴かず飛ばずに終わることのは大抵これが原因で、ヒーローやヴィランの殴り合いを描くのに慣れ切っているアーティストは「ただ歩く」、「ただ喋る」といった動作が案外下手だったりする。

 Robertsonのアートはその辺りのささいな行動を描くのがとても上手。特に秀逸なのが顔と手の動きだ。
 彼はAmazonでそのコミック教習本のレビューを投稿していることなどからも知られる通り、Will Eisnerから(直接かは定かでないものの)コミック制作を学んでいるようだが、市井の人々を描かせれば右に出るものはいないと言われる彼の教えを継いでいるとなればその画風にも納得がいく。パネル1つ1つの構図や移り方などが非情に練り込まれているところもEisner流といえるだろう。
 Robertsonの絵の上手さが如実に示されるのは本巻の後半 — 特に#46で失神状態から目を覚ましたSpiderが医者に自らの病状に関して説明を受ける場面やそれに続くシーンはカメラワークが素晴らしい。YelenaがSpiderの代わりに記事を書いたと告白する場面は個人的にかなり印象に残っている。

 また、Rodney RamosのインクやNathan Eyringのカラーも忘れてはならない。サイバーパンクと言えば色はネオンのようにけばけばしく、陰影はノワール・フィルムのように濃淡はっきりしているのが普通だが、本作は意図してかそうはせず、むしろ色は目に優しく、影の濃さも極端ではない。敢えて現実世界に近い画風にすることで、本作は”Science Fiction”としてのSFではなく、Ellisの意図するところである”Social Fiction”としてのSFを実現しており、同時に風刺としての一面を強めている。
 アートかストーリー、どちらかに光る物がある作品というのは数多くある。アートもストーリーも秀逸なストーリーというのもないではない。
 しかし、秀逸なアートと秀逸なストーリーが見事に調和している作品というのはかなり稀だ。
 本シリーズは間違いなく、そんな稀有な例と言える。