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VISUAL ROCKETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

GRANDVILLE (Jonathan Cape, 2009)

 何だか最近けものを擬人化したアニメが流行ってるとか。別にだからというわけじゃないものの、以前からあちこちで良作だとは小耳に挟んでいたので偶然目にした際に即購入。
 うん、この衝動買いは間違ってなかった。


原書合本版(Amazon): Grandville

 ナポレオン率いるフランスに敗北した英国が200年近くその統治下に置かれていた架空のヨーロッパ。反体制派の地下活動により英国は独立を取り戻すことに成功したものの、英仏両国間の溝は日に日に深まっていた。
 そんな中、英国の片田舎で1人の外交官が遺体となって発見される。捜査に乗り出したスコットランド・ヤードの刑事LeBrockは彼がフランスの諜報部員に暗殺されたものであることを見抜くと、相棒のRatziと共に事件の真相を探るべく世界最大の都市Grandvilleへ赴くが……。

 Bryan Talbotと言えばTHE ADVENTURES OF LUTHER ARUKWRIGHTをはじめとした代表作を持つクリエイター。ライターとしてもアーティストとしても秀でた才能でちょっとした生きる伝説のような扱いをされているのは知っていたものの、私としてはこれまでVertigoのTHE SANDMANでちょろっとそのアートを見かけた程度。
 スチームパンクにもそれほど馴染みがなければフレンズの大波に乗り切れなかったため軽い気持ちで読み始めた本作ですが。いやあ、物語開始から僅か8ページで一気に引き込まれました。

 あらすじで少し触れた本作の世界観をもう少し詳しく説明しよう。本作の舞台はフランスが世界の覇権を握る20世紀初頭のヨーロッパ。蒸気機関が発達したこの世界の中枢はGrandvilleという街 — 私達の世界でいうところのパリ — で、第1国際語もフランス語。英語はにわかに使われるようになったぽっと出の言語という扱い(あくまで物語の設定上の話でコミックの台詞は英語)。
 登場人物はほぼ全員擬人化された動物 — 主人公のLeBrockはアナグマで、相棒のRatziは鼠 — であるものの、人間がゼロというわけではなく下層民として存在している。動物たちが二足歩行し言語を解する世界において人間が当時の現実世界における黒人のような待遇に置かれているというところが中々興味深い。
 また本作は911以降の米国情勢を色濃く反映しており、英国人が引き起こした(と報道されている)爆破事件に端を発する仏国人と英国人との関係性がそのまま私達の世界における米国人とイスラム教徒との関係性の寓話となっている点なども唆られた。

 サイバーパンクと違いスチームパンクはその設定上、if歴史の形式を取ることが多い。「ありえたかもしれない世界」は歴史の中にベースが既に整っているため上手に使えば一本筋の通った実に魅力的な世界観を構築できる。本作は間違いなくその成功例といえるだろうし、そこへさらに現代の情勢をも盛り込んだという点においてそれ以上のものになし得たともいえる。

 密度の高い冒険活劇には強い地盤を持つ世界観は欠かせないのだと実感した本作。品薄になっており入手するのに少々手間はかかるようだが今後もシリーズを追っていきたい。