VISUAL BULLETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

TRANSMETROPOLITAN VOL.10: ONE MORE TIME (DC/Vertigo, 2000-02)

 遂に迎えた最終巻。オルタナティブ系コミックの歴史を塗り変えたサイバーパンクの傑作TRANSMETROPOLITANもいよいよフィナーレ。EllisのストーリーにもRobertsonのアートにも一切非の打ち所はない。H.G. WellsやGeorge Orwellの著したSocial FictionとしてのSF、その系譜をしかと引き継いだ1つの到達点と言える。


原書キンドル合本版(Amazon): Transmetropolitan Vol. 10: One More Time (New Edition)

 反骨のジャーナリストSpider Jerusalemにより売春のスキャンダルを暴露され窮地に立たされた大統領Gary "The Smiler" Callahan。街に戒厳令を出して事態の収拾を図ろうとする彼に対し、Spiderは切り札である暗殺容疑についても糾弾する。しかし、そんな彼の頭脳は間もなく限界を迎えようとしていた……。

 先に述べておくと、一見他の巻より数倍分厚く見えるのは様々なアーティスト(Steve DillonやAlex Maleev、Bill Sienkiewiczなど)がイラストを提供したSpider Jerusalemのコラム集『I HATE IT HERE』と『FILTH OF THE CITY』が含まれているため。本編でも度々見受けられたSpider(というかEllis)の文章をじっくり堪能したい読者には垂涎ものかと。
 
 さて、内容に関して。
 結局のところ本作でEllisとRobertsonが描こうとしていたのは何だったのだろう。
 ペンは剣より強し?
 真実の偉大さ?
 全く無いとは言わないが、それはあくまで本作の描こうとした一部だろう。

 実際、Spiderが報道した真実は世間に対した影響は与えていない。成程、Spiderの望みどおりCallahanは大統領としての力を失った。だが、それで社会の構造ががらりと変わってわけでもなければまして国が1つ崩壊したわけでもない。Callahanでさえ正確には物語閉幕の時点で未だ大統領の役職に就いたままだ。
 頭がオシャカになるまで真実を叫び続け、通りを埋め尽くすだけの人間を突き動かした挙句に成し遂げたことがたった1人の人生をぶち壊しにしただけとはあまりに非効率ではないだろうか。Ellisはインタビューで本作を「ジャーナリズム・ファンタジー」と形容していたが、ファンタジーとしてはあまりにやるせない。
 
 しかし何度も言うように本作はSocial Fiction — つまり社会風刺だ。あらゆるフィクショナルな要素は、ノンフィクショナルな要素についてある部分を切り取り、ある部分を浮き彫りにするためのエディティング・ツールでしかない。言い換えれば、真実によって何か劇的なことが起こってしまうような幻想の入る余地など本作にはないということだ。

 考えてみればわかる。
 どれだけメディアがスキャンダルを放ったところで面の皮が分厚い輩には蚊が刺すほどのダメージも与えられない。首都を埋め尽くすだけの人々が抗議の声を挙げたところで当事者以外の人間に影響を及ぼすほどのうねりなんて生み出せない。誰が見ても明らかな事実であってもヤク中の芸能人は飄々としているし、喩え本当かどうかわからない言葉でも人気俳優を引退に追い込むことは十分に可能だ。
 ”真実”に何かを劇的に変える力なんてない。残念ながらそれこそが”真実”だ。言葉という弾丸を覆うフルメタルコーティングくらいにはなるかもしれないが、別にそれがなくとも情報を的確に運用できれば人は十分殺せる。

 なら”真実”に価値はないのか?Spider Jerusalemの成し遂げたことに意味はなかったのか?
 
 それは違う。
 良くも悪くも劇的な変化というのは瞬間的に大きく社会にひきつけを起こせる一方で、たやすく元の状態に戻ってしまうものだ。歴史のアルバムに1枚の写真を加えることはあっても、以降に続くページの様相までをもガラリと変えてしまうものではない。
 長い目で見た時の変化というのはゆっくりと起こるものだ。人々の間に知識が浸透し、行動が促され、重い腰をようやく上げた時に始めて訪れる。
 そしてその時にこそ”真実”の真価が発揮される。
 本作におけるSpiderの活躍は短期的には大したことをなし得なかったかもしれない。それでも最終話を見ればわかる通り、彼の行いはFilthy Assistantsにしっかり受け継がれている。そしてRoyceとの話しぶりを見る限り彼らは大衆に大きく受け入れられているようだ。
 Spider Jerusalemという1人の”真実”はChannon YarrowとYelena Rossiniという2人に受け継がれている。
 彼が2人をインスパイアできたのは彼がSNSユーザーのように無闇矢鱈と”真実”を振りかざすのではなく、プロのジャーナリストとしてそのタイミングや使用法を魅せたからだ。

 ”真実”は敵に1発打ち込むためだけのものじゃない。
 楔として使えば断崖から幾つもの岩を切り出すことができる。そしてその岩はやがて巨大な建造物の礎となるかもしれない。
 SpiderがChannonとYelenaに教えた”真実”は長い年月を経て人々に考える契機を与えるだろう。そしてそのほんの一握りでもさらに”真実”を追い求める者となれば。やがてそれが世界を動かすだけの変化に繋がれば……。
  — そんなTruth=真実のファンタジーに託された願いは、我々ページの外の読者も受け取っているのだろう。


シリーズの後半全てを収録した原書愛蔵版(Amazon): Absolute Transmetropolitan Vol. 2