VISUAL BULLETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

HIT (BOOM!, 2013)

 ひび割れたウッドデッキに置かれたバーボンのグラス。豆電球の下で絡み合う煙草と硝煙。拳に付いた血の匂いが消えないうちに女の香水が新たなトラブルを予感させる。
 大好物のノワール。話題にならなかったのか不思議なくらいの面白さ。


原書版合本(Amazon): Hit: 1955

 1955年、華やかなキャバレーで煙がとぐろを巻く街 L.A 。犯罪のはびこるこの街で治安を守る L.A.P.D. には表舞台には決して現れぬ1つの課が存在した。 HIT 課 — 正義を自らの手に委ねた彼らは法では裁ききれぬ悪をこの世から消し去るべく活動していた。そんな HIT 課の1人である Harvey Slator のもとを元恋人であると同時に課長の娘でもある Bonnie が訪ねてくるが……。

 ライターは Bryce Carlson 。本作は彼が名を明かせぬ”とある友人P”から聞いた話が元になっており、その情報源によると L.A.P.D. には殺人(を行う)課というのが現実に存在しており、今も夜な夜な街に繰り出しては法の網をすり抜けた輩共に制裁を加えているとかいないとか……。
 ことの真偽はともかく、物語そのものは Jim Thompson や Raymond Chandler などの系譜を継いだ正統派のアメリカン・ハードボイルド。ストイックながらどこか情緒の漂う物語に仕上がっている。最近では珍しい三人称のキャプションも本作の雰囲気にマッチしている。

 アーティストの Vanesa R. Del Rey は本作が初めてのコミックだというが、そうとは思えないほど手慣れたアート。リアルではないがカートゥーンとも異なる独特の絵柄。それこそ50年代米国の広告絵でも思わせるようなベタッとしたインクとラフな筆運びが魅力的。

 カッコつけた言い方をするなら、ハードボイルドというジャンルはカクテルのようなところがあると思う。
 口の達者な主人公。トラブルを抱えた女。死体。嫌味な好敵手。大金。業界の大物。
 必ずとは言わないがおおよその作品はこれらの要素の少なくとも半分は含む。材料だけを見ればかなりシンプルだ。クリエイターにとって腕の見せ所はこれをどう組み合わせ、どう語るかという点になる — ちょうどバーテンダーのシェイクや客への対応がカクテルの味に大きく影響するように。故にこのジャンルは名作であっても脚光を浴びにくい。あらすじや予告編ではなく、実際に中身を味わってみないとその良し悪しが判断できないからだ。それは実際に顔を突き合わせてみないとその人物の良し悪しを判断できないのとよく似ている。

 ハードボイルドというジャンルは事件というツールを使って半ば強制的に人間の本質を抉り出そうとするクリエイター達の試みだ。そういう意味では本作は荒々しくも鮮やかに人間を描いたと言えるだろう。本作を世に送り出したクリエイター達の仕事は今後も追っていきたい — まずはこれの続編から。


分冊キンドル版(Amazon): Hit #1 (of 4)

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