VISUAL BULLETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

RASL ACT.1: THE DRIFTER (Cartoon Books, 2008, #1-3)

 数奇!


キンドル分冊版(Amazon): RASL #1

 傷つき、疲弊した体で炎天下の荒野を進む男 — Rasl と呼ばれるその男は、不思議な装置で並行世界を渡り歩いては盗品で生計を立てる日々を送っていた。しかし、そんな彼の前にある日現れたトカゲ顔の男。相手が”研究所”からの追跡者であることを見抜いた Rasl はすぐにその場を逃げ出すが……。

 全年齢向けファンタジーの傑作 BONE で知られるカートゥーニスト Jeff Smith 。スーパーヒーローとほとんど関わりを持たず(知る限りだと手がけているのは DC の Captain Marvel くらいかと)にキャリアを積んできた彼は、その斬新な発想とカートゥーン調の絵柄でライターとしてもアーティストとしても現在独特のポジションを確立している。
 そんな彼が BONE の制作中に着想を得、 Frank Miller らからアドバイスを受けながら膨らませたという作品がこちら。 Nicola Tesla (最近『オカルティック・ナイン』とかでも取り上げられてたっけ)の研究を起点に、パラレルワールドやら陰謀論やらネイティブ・アメリカンの伝承やらを一緒くたに詰め込んだものとなっている。老若男女楽しめる BONE とは打って変わった暗い雰囲気の漂う大人向けエンターテイメントであるため、あちらのファンに手放しでオススメできる作品ではないものの、ハマる人はとことんハマるかと。私みたいにネオ・ノワールに目がないヤツは逃走系ハードボイルドの緊迫感と謎が謎を呼ぶ展開にグイグイ引き込まれましたわ。

 本作では Smith による”不気味”の演出が特に際立っている。この要素は BONE の際もちらほら見受けられたが、あちらは王道ファンタジーだったこともあって若干控えめだったのに対し、本作ではこれが存分に発揮されている。トカゲ男の言動はじめ、現時点では何を表しているのか判然としないモンタージュ、何気ない会話に交じる意味深な言葉等々、そこかしこに後ろめたい意図が見え隠れする。追手を撒いてほっと一息吐いていた Rasl がバーでジュークボックスに手をかけて”ある事実”に気がつく場面などは背筋に薄ら寒いものを感じた。

 ここまで記していると BONE での Smith はすっかり失せてしまったかのように思えるかもしれないが、必ずしもそういうわけではない。 Jeff Smith は日本で言えば手塚治虫なんかと似たところがあって、手塚治虫がシリアスな漫画でもヒョウタンツギを描きこむなど随所にくすりと笑える描写を設けたように、Smithも本作でふとした拍子にコミカルな演出を盛り込んでいる。 Rasl がトカゲ顔の男の動きを封じ込めるため背広を半分脱がせる描写などはその1つかと。

 本作は間違いなく BONE を手掛けた Jeff Smith の次の作品であると同時に、彼の全く新たな代表作といえるだろう。


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