VISUAL BULLETS −今日のアメコミ−

STILL TALKIN' ABOUT COMICS

ESSEX COUNTY BOOK ONE: TALES FROM THE FARM (Top Shelf, 2008)

 強くなって初めてわかった — ヒーローになる必要なんてないことに。


原書合本版(Amazon): Essex County Volume 1: Tales From The Farm

 常にマスクを着けマントを羽織っているほどスーパーヒーローが大好きな少年 Lester 。母親を病で失った彼は現在 Essex County の農場で唯一の親戚である Ken と共に暮らしているが、幼い甥にどう接してよいのかわからない叔父との関係はお世辞にも良いものとは言えない。そんなある日、 Lester は元ホッケー選手で現在はガソリンスタンドに勤める Jimmy と出会う。2人は徐々に心を通わせていくが……。

  Jeff Lemire の原点にして最高傑作。もし Lemire の作品で1つだけオススメしろと言われたら私は間違いなくこの ESSEX COUNTY TRILOGY を選ぶでしょう。今回紹介するのはその第1章。物語の舞台と同じ Essex County 出身である Lemire の実体験も影響しているとかいないとか。主人公の少年 Lester が赤いケープを羽織って草原の中に佇む後ろ姿の一枚絵はネットでもあちこち漂っているので見たことある人も多いんじゃないかと。

  Lemire の作品の特徴は大きく3つ挙げられる。
 まず1つが余白。本作のページを軽くめくってみてもわかる通り、 Lemire のストーリーは台詞が一般的なコミックよりだいぶ少ない。アートについても線はたどたどしく、コマ内の情報量はかなり低い。とりわけ本作はモノクロなこともあり SWEET TOOTH などよりもその辺りがかなり目に付く。しかし、実際に読み進めてみるとそのスカスカな第1印象に反してかなり密度が濃いことがわかる。 Lemire は読者が状況を理解するために必要な最低限の情報だけを描き、それ以外の余分な贅肉を残らず削ぎ落とすことで読む側の想像力を喚起し、それによって余白を埋めさせているのだ。

 2つ目の特徴は現実と非現実との境界。今回の話で言えば終盤、 Lester が最終決戦に向かっていく場面だが、ここではどこからが現実に起こっていることでどこからが彼の空想なのかという明確な線引きがなされていない。これもまた読む者の理解力というか想像力を試すような手法で読み手と作品のコミュニケーションに作用すると同時に、作品に単なる純文学的物語とは異なる少々ファンタジックでファンタスティックな Lemire 独特の味付けとなっている。

 そして3つ目が愛だ。 Lemire の作品では誰もが何か、あるいは誰かに対する愛を抱えている。それは時として強みになり、時としては引け目にもなりうる。本作でも物語開始時において Lester と叔父の Ken は死んだばかりの Lester の母に対する愛に囚われている。彼らが過去の愛の喪失を受け入れつつ、現在に新たな愛を見つけることが成長を産むと同時に、そこまでのプロセスがストーリーの根幹をなしている。

 今や各所でトップクリエイターとして数々のヒット作を連発している Jeff Lemire 。その手法が如実に示されているという点も含め、本作を読まずして彼を語ることはできないだろう。

 てか、 Lemire が苦手という人こそ本作を読むと結構評価変わるから読んでみるといいよ。


本記事で紹介した内容含む原書合本版(今買うならこちらの方が良いかと)(Amazon): Essex County