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A.D.: AFTER DEATH (Image, 2016-17, #1-3)

 やがてタナトスも進化する。


原書合本版(Amazon): AD After Death

 人類が死を克服してからおよそ800年。不死を手に入れた一部の者達は標高2000フィート近い山中にコミュニティを築き、死が蔓延し文明の崩壊した外界を遠巻きに眺めていた。かつて不死を実現するため”あるもの”を盗んだことで永遠の命を与えられた Jonah Cooke は、だが外界にまだ生命があると信じ、日々通信を試みていた。やがて Forager なる者が呼びかけに応えるのを聞いた彼は外界に降りる決意を固めるのだが……。

 お互いに現代のコミック界を牽引するクリエイターであると同時に友人同士でもある Scott Snyder と Jeff Lemire がタッグを組んで手がけた作品。アートを Lemire が、ストーリーを Snyder が担当している。
 コミックというよりはコミック+イラスト入りの小説という傾向が強いので英語を読み慣れていなければ中々しんどく感じるかもしれないが、できれば本作は BOOK ONE から BOOK THREE まで一気に読んで貰うのがおすすめ。
 
  Snyder が実は小説家としてデビューしたことは以前ここでも短編集 VOODOO HEART を紹介した際に述べたと思うが、そんな彼のノベリストとしての一面が初めてコミックに現出しているのが本作かもしれない。言葉の使い方や小さなエピソードの盛り込み方など、実に読んでいて心地良い。

 そして Lemire のアートがそんな Snyder のストーリーテリングと非常にマッチしている。ぼかしを多用した色遣いであるとか、ややたどたどしい印象の線画であるとかが、強い外装の中に脆い芯を隠す本作の物語と呼応して情感を高めている。

 本作の主人公 Jonah は永遠の命を手に入れたにも関わらず、ある理由からそれを放棄してひたすら死のみが広がる外界へ降りようとする。彼を衝き動かしているのはまさしく死への衝動 — タナトスに他ならない。
 しかし、終盤である事実が明かされるとそれは上っ面のみの話であって、本質はそこから更に1歩踏み込んだところにあるということに読んでいる者は気付かされる。
 それはつまり、永劫普遍とも思えるタナトス、それさえもが長い時間を経て人智に晒され変化していたという事実だ(これを進化とするか退化とするかは各々の判断によるが)。どんなに原初的な行動原理であっても、人の心の一部である限り人の築き上げた文明との摩擦は避けられない。
 本作は単に科学の進歩で不死を手に入れてなお死を求める人間の姿を描いた SF ではなく。その死が少しずつ、だが確実に形を変えていることを私達に見せつけている作品なのだ。

 現代的なテーマと普遍的なテーマを絡めて語る本作。その表現も含めて、これは新たな米国文学の誕生なのかもしれない。