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MISTER MIRACLE VOL.1 (DC、2017)

君はこの2017年最大の傑作をもう読んだか。


Mister Miracle Vol. 1(Amazon合本)

Fourth Gods — 第4の神々として現代に生きる彼らは、平和を愛する Highfather 率いる惑星 New Genesis の住人達と、専制君主 Darkseid が力と恐怖による圧政を強いる惑星 Apokolips の配下とに分かれて対立し合っていた。 Highfather の息子でありながら、 Apokolips で育てられたという異色の経歴を持つ Scott Free は、妻 Big Barda と共に戦いの日々を逃れ、今は地球で脱出系パフォーマー「ミスター・ミラクル」として日々を過ごしていた。だがある日、自殺未遂を起こして静養していた彼の前に、 Darkseid が宇宙を支配する秘密「非生命方程式」を手中に収めたという報せが舞い込む…。

去年最大の傑作とも評される本作。全12号が予定されているミニシリーズの、今回は前半部分をご紹介。
クリエイター陣はライターに Tom King 、アートに Mitch Gerads と、以前このブログでも紹介したことのある SHERIFF OF BABYLON と同じ面子。 Gerads のモダン・アート的な絵はいつ見てもいいなあ。

さて、ストーリーに関して言えば、捉えどころのない作品だというのが最初の印象。そもそもページの中で起こっていることのどこまでが真実でどこからが嘘なのか — あるいはこのストーリー全てが自殺を図った Scott Free の妄想なのかもわからない。

 にも関わらず。いや、だからこそどこか共感を覚える。この閉塞感に満ちた混沌の中でもがく Mister Miracle に。

 本作が曖昧模糊としている大きな理由に、 Mister Miracle というキャラクター自体の読み難さが挙げられる。
 上記の通り、 Scott Free は元々 New Genesis のトップ Highfather の息子でありながら、幼少時に和平交渉の材料として Apokolips に差し出され、地獄のような日々を送った果てに地球へ逃げて来たという過去の持ち主だ。
 だが、父親に棄てられ拷問を受けたトラウマの持ち主であるにも関わらず、彼はそこ抜けに明るい。どんだけ明るいかって、地球に来て芸能人になってしまうくらい明るいのだ。テレビに出演し、妻と車でドライブし、友人と談笑する彼から壮絶な過去は微塵も感じられない。

 そして、そんな彼が戦う動機はどこにもないのだ。

 他の者達を見てみよう。 Scott の義理の兄であり、新たに New Genesis を率いる Orion は Darkseid に対する復讐に衝き動かされている。 Big Barda は兵士としての義務感から戦場に出ている。 Lightray は金魚の糞、 Forager は自分の仲間である虫のため、 Apokolips の面々は Darkseid への忠誠…と皆、比較的わかりやすい行動原理がある。

 対して Scott はと言えば、 New Genesis のために戦いつつも、それを率いる Orion には反目するし、幼少時の自分を(拷問で)育てた Granny Goodness には母親のような親しみを感じているし。
 他の者達と異なり、彼は自らを衝き動かす「物語」がはっきりと存在しないのだ。

 そして、実はそんな「物語」を持たぬ者が本作にはもう1人いる。
 そう、 Apokolips の専制君主であり、本作序盤で遂に念願の非生命方程式を手に入れた彼である。
 随所にその名を轟かせ、圧倒的な存在感を示しつつ、だがこの悪の諸元はほとんど行動を起こさない。戦闘を指揮するわけでもなければ、非生命方程式の力を行使するわけでもない。
 というか、#6までの前半において、終盤に1コマだけ登場するまで姿さえ見せない。
 最低限の行為で最大限の効果を発揮する。そんなスタンスを強調するように、彼は言う。

 DARKSEID DOES NOT DO.
 DARKSEID IS.

 そして事実、本作に登場するキャラクターのほとんどは「 Darkseid のために」行動しているのだ。言ってみれば、本作に登場する者達のほとんどは Darkseid という金魚鉢の中にいる金魚である。ただ、金魚鉢があまりに広いためそれに気付くことが出来ずにいるに過ぎない。

  Scott Free 以外は。
 彼だけは Darkseid の存在とは別のところで立ち回っている。他の神々と同じ舞台に立っていながら、1人だけ別の舞いを舞っている。
 気付いているから。
 一生泳ぎ続けても壁に衝突することのない金魚鉢の中にいるからといって、金魚は自由ではないのだと。

 本作は Darkseid という金魚鉢に気付いてしまいながら、壁に辿り着くことさえ出来ずにいる Mister Miracle のあがきの物語なのかもしれない。


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