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もう怖くない!英語上級者はこの5作のアメコミで飛躍しよう!

 さて、初級者中級者とアメコミを使った英語勉強法にオススメの教材となりうる作品を紹介してきたが、今回はいよいよ英語上級者向けの作品を紹介しよう。
 …とはいうものの。
 正直、現時点で DC やマーベルのスーパーヒーロー物が辞書なしで読めるレベルに達しているなら基本的に文法は問題ないし、語彙もそれなりに豊富になっている筈。中級者向けの記事で紹介した SANDMAN なんかが読めれば一般にいう「英語ができる」レベルにはもう十分手が届いてるのだ。
 なので正直ここからさらにレベルアップを図るとなれば、後は専門用語や比喩表現、あるいはスラングといった個人個人の目的別に合わせた学習が必要になってくる。まあ英語全般に関する中級者と上級者なんて所詮テストのスコアの差でしかないし、後はどう日々の生活に応用を利かせるかという問題になるのが現実だ。

 そこで今回は英語の用途別に「これを読んでおくと」どこかで役に立つかもという作品をチョイスしてお届けしたい。
 何度も記すようだが、これらはあくまで私個人の感覚で選んでいる。科学的根拠は一切ないのその辺りを承知の上で以下お読み下さい。

1.コミュニケーションとしての英語能力を向上させたいあなたは… SUNSTONE


これは五巻目(Sunstone 5)

 言葉をオブラートに包んだ台詞。揺れる心情を著したモノローグ。くだけたやり取りがちょっとコミカル。
 性愛をテーマに扱う作品は表現の多様性という意味では教材としてかなり優秀。それにちょっとくらい内容が刺激的な方が向上心も保てるというもの。
 このブログでも過去にレビュー記事を上げた Stjepan Sejic の SUNSTONE (エッチな皆様のおかげで本ブログ2位のアクセス数を保持しています)はアメコミには今どき珍しいラブロマンス系作品で、派手なアクションがないぶん文章がものすごく丁寧。 BDSM という共通の趣味で繋がった Lisa と Ally のやり取りは自然でリズミカルだし、趣味でロマンス小説を書く Lisa によるセックス描写も濃すぎず薄すぎず絶妙。
 とどのつまり英語は伝達手段、つまり人間関係を構築する道具だ。コミュニケーションとしての英語を本作で学べば様々な場面で役に立つことだろう。
 ただし、内容はやっぱりアレなので購入や持ち歩きには注意していただきたい。

2.時事的な話題も理解できるようになりたいあなたは… EX MACHINA


第1巻の合本(Ex Machina Book One)

 どうせ英語を学ぶなら TIMES を読んだり CNN を観たりと最新ニュースも理解できるようになりたい。しかしポリティカルな話題は専門用語も多く、敷居が高そう。
 はい、そんなあなたにオススメなのが元スーパーヒーローとして活躍していた男が市長として政界進出する EX MACHINA という作品。 Brian K. Vaughan と Tony Harris による本作は、ポリティカルドラマとスーパーヒーロー物という水と油のようなジャンルを見事にハイブリッドした作品。アクションやミステリーが展開する横で政治的駆け引きも行われ、また同性婚のような話題も豊富に扱われている。ページをめくっているうち政治経済に関する英語も学ぶことができるだろう。

3.ハードボイルド小説が読めるようになりたいあなたは… SIN CITY


基本的に1冊完結なのでどれから読んでもOK(Frank Miller's Sin City Volume 1: The Hard Goodbye 3rd Edition)

 
 簡単に読めるようで意外に難解なのが英米の「ハードボイルド」と呼ばれるジャンル。起こったことをそのまま記せばいいものを、わざわざ酒と煙草のセックスに絡めて何でも記述しようとするもんだから、良く言えばロマンに満ちているし、悪く言えばまどろっこしい。その表現に文学的価値を見出す者も多い一方、その自分に酔っているような文体が理解に苦しむという人も少なくない。
 映画化もされたことのある Frank Miller による犯罪アンソロジーシリーズ SIN CITY はそういったハードボイルド文学から強い影響を受けており、言葉遣いはドライながら情感たっぷり。脱ぎ落とす服は「クリスマスのラッピング」に喩えられ、登場人物はいちいち感傷に浸る。 
 本作の英語が読みこなせるようになれば、レイモンド・チャンドラーやジム・トンプソンといった作家の小説も難なく理解できるようになるだろう。

4.科学の話題に追いつきたいというあなたは… THINK TANK


第1巻合本(Think Tank Vol. 1)

 日本語で学んだことも国が違えば言い方も変わる。物理化学生物の授業で学んだ単語の数々も例外ではない。そういった理系用語もアメコミで学べればいいけれど、 SF はフィクションとの境界が曖昧で間違った知識まで取り込んでしまいそうで不安。
 そんな勉強熱心な方には Matt Hawkins と Rahsan Ekedal による THINK TANK がオススメだ。 DARPA (米国国防高等研究計画局)を舞台に異端の天才児が上司達へ反旗を翻す本作は入念なリサーチのもと描かれており、登場するハイテクガジェットの数々もその9割近くが現在の科学で実現可能なものとなっている。
 また本作をはじめとして Matt Hawkins が手がける APHRODITE IX や WILDFIRE という作品群には登場した技術を解説する巻末コラムも収録されており、英語を学びつつ現代科学に対する知見も深められるようになっているのも嬉しい。

5.まんべんなく英語の実力を上げたいという人は… A.D.: AFTER DEATH


合本版(AD: After Death (A.D.: After Death))

 ジャンルに偏らず英語の読解力を伸ばしたいという人、受験的な英語力を上げたいという人にオススメなのが Scott Snyder と Jeff Lemire による A.D.: AFTER DEATH という作品。
 本作では主人公のJonahが誰も死なない施設からの脱走を図る現在がコミック形式で描かれる一方、それを決意するまでに至る過去は(挿絵こそあるが)ほぼ文章のみで展開されるという少し代わった体裁の作品。内容の半分が一般書籍のような形式で記されているためアメコミ的な学習法からはやや離れるものの、 Scott Snyder の文章力は間違いない。
 Snyderの英語は流石 VOODOO HEART のような大衆小説を著しているだけあって硬すぎず、くだけすぎず程よい。英米の現代文学、日本でいうところの直木賞レベルのペーパーバックを読めるようになりたいという人は是非とも本作を読んでみると良い。
 なお Snyder は NEW52 以降の BATMAN サーガでも有名だが、そちらも号を重ねるに連れ文章がマシマシになっているので本作に飛び込む前にはまずはそちらで頭を慣らすというのもアリかと。

6.文学や古典も読めるようになりたいという人は… SAGA OF THE SWAMP THING


#60が収録されている最終巻(Saga of the Swamp Thing Book 6.)

「え、文学性のある英語表現を学びたいのに、よりによって SWAMP THING ?」
 面食らう人もいるかもしれない。しかし、これまでの記事で何度もその存在を匂わせてきたように WATCHMEN などで知られる Alan Moore の言葉選びはかなり凝っており、その表現は魔術的リアリズムの粋に達している。
 故に彼の作品、特にブリティッシュ・コミックからアメリカン・コミックへ舞台を移した前後の作品というのは文法も語彙も高いレベルの読解力が求められるのだ。
 そのことは本人も重々承知しており、彼が著したコミックライティングの指南書 WRITING FOR COMICS では SWAMP THING 内で日没を表現するのにだいぶ手の込んだ表現をして読者からの理解を得られなかったエピソードが語られている。
 このシリーズでもとりわけ英語力が試されるのは SWAMP THING #60 だろう。ほとんど抽象画のようなアートで進行するこの号は最初から最後までとにかくMooreの詩的な英語に溢れており、生半可な読解力では歯が立たない。このエピソードが完全に理解できれば英語力のみならず日本語の国語力もだいぶ上がるだろう。ちなみに私もどこまで読めているか自信がない。
  Moore のこの時期の作品は他にも MIRACLEMAN なども相当盛った表現で紡がれているため、興味がある方はそちらをチェックしてみてほしい。

7.ちょっと特殊な英語にも挑戦してみたいというあなたは… INVISIBLES


シリーズを全1冊にまとめた鈍器(The Invisibles Omnibus)

 番外編のようになるが、ウィリアム S. バロウズみたいな作家の特殊系作品を読みたいというそこの君は是非とも Grant Morrison の INVISIBLES という作品を読んでみると良い。造語ありアングラ用語あり、カットアップ技法を思わせる文章もありと、内容も面倒くさくれば表現も理解するのにだいぶ骨が折れる。
 読む度に受ける印象が変わってくるこの変化球的な表現を日常生活で使用するチャンスはほぼゼロに近いものの、物は試しに挑戦してみたいという果敢な学習者は是非とも読んで頭を悩ませてみるべし。
 というかモリソンは自分の好きなようにやらせると大抵この方向へ飛び出してしまうので、長丁場かつ序盤の内容がとりわけ難解な INVISIBLES よりかは FILTH などの方がやりやすいかもしれない。
 
 いかがだっただろうか。
 何度もいうようにこれはあくまで私個人のチョイスなので賛否両論はあるだろう。
 最終的に自分の学ぶ方法は自分で選ぶべきだ。教材もまた然り。だがこの記事が何らかの手助けとなればこれ幸いといったところです。
 
 はい、そんなわけで上級者編もこれにて終了!もう1回くらいこのアメコミ学習系の記事を近日中に挙げるかもなので乞うご期待!